社会に出てはじめてのお給料を手に本を買った
おいしそうなお菓子のレシピ本2冊
なぜその本を選んだのかは思い出せない
をかしなおやつ支度を生業にするとは
想像もしえなかったころのこと
まさかこの本が旅のはじまりになるなんて
思いもよらなかった
はじめての慣れないひとり暮らしの
せまい台所で本のレシピをたよりに
何度も何度もお菓子を焼いた
道具もままならない中
よくやっていたなと思う
レシピに忠実に慎重に
出来上がったときは感動もひとしおだった
イタリア各地で修行を重ねたシェフお気に入りの
イタリア菓子のレシピ集
それらは見た目は地味だけれど
食べてみると目を見張るほどおいしい
家庭の中で生まれ育まれた
マンマたちの愛あふれるお菓子たち
世界でいちばんおいしいと
シェフのお墨付きだった
太陽のようなマンマたちに会ってみたい
イタリアの暮らしがレシピのすみっこに紹介されているのを眺めては
いつか行ってみたいと思うようになった
心の奥にずっとあった憧れは
月日がずいぶん流れたある日
ふっと むくむくと沸き上った
何度もイタリアへ行ったというレモン農家の陽気なおじさんにその話をすると
背中を押されるどころかもののみごとに反対された
その歳で仕事を辞めてまで旅に出るなんてと
考えなしだったかなと落ち込んでいると
数時間後に
イタリア語を教えていて
近々渡伊する予定の人と偶然出会ってしまった
それからあれよあれよと旅立ちが決まっていった
いままででいちばん拵えたお菓子は
旅のはじまりの本にあった
TORTA DI CIOCCOLATO
さっくりではなくしっかり混ぜの
ねっちとしたどっしり生地がシェフのおすすめ
数えきれないほど拵えたものとは違う
今の山°がつくるチョコレートのケーキが「旅の果て」
はじまりのチョコレートケーキも
おしまいのチョコレートケーキも
どっちももちろんお気に入り
そういえば幼稚園のころの夢は
ケーキやさんだったなとうっすら思い出して笑った
いとをかしな日々
2023 初空月
それにしても寒い 寒すぎる
大寒はとうに過ぎたというのに
立春も迎えたはずなのに
2月の満月は雪月と呼ばれている
アメリカではスノームーンと呼ぶらしい
ちょうど満月の夜明け
窓を開けると 辺り一面雪に覆われていた
どうりで寒いわけだ
ニューヨークも雪かな
お湯を沸かしながら
海の向こうを思った
旅に出るといつもすることがある
訪れたその場所で暮らすことができるかを想像する
するするっと日々が浮かぶ町もあれば
ニューヨークのように
日常をひとつも想像することができない街もある
混沌とした力がみなぎっていて
自分には刺激が強すぎるのかもしれない
それでも
なんだか知らないけれど
街から発せられる何かを
足元からビリビリと感じながら
少し速めの足取りで進む
ニューヨークにワクワクしていた
ジャンクフードのイメージが強かった
食いしん坊の予想に反して
野菜がおいしかったし
オーガニックのものを容易にみつけることができた
それにしても寒い 寒かった
どうしても会ってみたかった
大きな自由な彼女に会いに行った帰りに
寒さに凍えながらふらり寄ったちいさな市場で
ホットアップルサイダーに出逢った
シュワシュワしたりんご味のサイダーが温かい?
怪訝に思いながらも
とにかく温かいものなら何でもいいからと
藁にも縋る勢いで
テントの中のニット帽をかぶった笑顔のお姉さんに
ホットアップルサイダーを1杯注文した
なんじゃこりゃ
こわばったからだが
ほわっとほどけていった
トロッとしたほんのりスパイスの効いたりんごジュースだった
こんな寒い日は
りんごとお気に入りのスパイスで
ホットアップルサイダーを
コトコト静かに煮込む
寒いのもいいかもしれないな
とほんの少しだけれど思えてくる
いとをかしな日々
車を30分ほど走らせたところに
りんごのまちがあります
りんごのまちには
りんごがぷかぷか浮かぶ温泉があって
すぐそばの道の駅には
この時期いろんな種類のりんごが並びます
りんごのおやつでは
父が生まれ育ったまちにあるお菓子屋さんの
アップルパイがお気に入り
それとおんなじくらいタルト・タタンが大好物
アップルパイはこどものころから知っていたけれど
タルト・タタンは大人になるまで知らなかった
タタン姉妹のタルト・タタンが食べたい
そう思い立ち、パリで電車の切符を買った
ラモット・ブーヴロンにあるタタンという名のホテルをめざして
ラモット・ブーヴロンは静かなまちで
駅を出ると目の前にオテル・タタンがあった
レストランを併設しているオテル・タタンでは
タタン姉妹がつくっていたレシピに忠実なタルト・タタンを味わうことができる
この小さなまちでは毎年秋にタルト・タタンのお祭りがあり
タルト・タタンを売っているお店がいくつもあった
行けるだけのお店をまわりタルト・タタンを堪能した
りんごの切り方、出来上がりの形、もちろん味も違っていて
それぞれのおいしさがあった
フランス語で「これください」を練習して
お菓子屋さんのショーケースを指さし伝えると
大きなタルト・タタン1台まるごと箱に入れてくれた
噴水のある湖畔のベンチに腰掛けほおばる
食いしん坊ではあるがさすがに食べきれず
地元の方とおぼしき白髪の紳士淑女が
少し離れたベンチで休んでいるのが見えたので
身振り手振りでおすそ分けした
すると 見ず知らずの旅人が差し出す箱入りタルト・タタンを
いいの?ありがとうと笑顔で受け取ってくれた
Bon Appétit
ホテルにはタタン姉妹が使っていたオーブンが残っていた
タタン姉妹の失敗から生まれたといわれるタルト・タタン
タタン姉妹のレシピにはこう書かれてある
タルト・タタンはバターと上等なりんごの価値を証明する贅沢なデザートである
りんごとバターと砂糖と生地だけでつくって
タルト・タタンの本来の味をこれからも大事にしてほしい
失敗してくれてありがとう タタン姉妹
失敗は大成功のもと
いとをかしな日々
秋の真ん中
暦では寒露を迎え
朝夕に冬の気配が漂う季節がやってきて
だんだん夜が長くなっていく
暑っ! でも 寒っ! でもない
心地のよい風をもうすこし感じていたい
手間のかかる下拵えが待っていても
秋の実りを目にすると
ついつい手を伸ばしてしまう
いろいろ試している栗の皮むき
そのまま根気よくむいたり
凍らせてみたり
熱湯をかけてみたり
圧力かけてみたり
秋のたのしみはつづく
庭の甘柿の木では
鳥たちが朝の集いをしている
一方 渋柿の木はとても静か
おなじように色づいているのによく違いがわかるものだ
秋風を感じながら自転車をこぎだす
太陽の光を通す銀色の雲
収穫を待つ金色の田畑
りんごが真っ赤に熟してきて
黄色や橙色の名も知らぬ花が咲いている
たくさんの秋色を目に
誰ともすれ違わない道すがら
うたを口ずさみペダルを踏んだ
ケセラセラ
なるようになるさ
帰ったら栗入り秋色のおやつを焼こう
いとをかしな日々
春に種をまいたにんじんを掘ってみたら
まるでスキップしているような
ルンルンなにんじんが現れた
そろいもそろって気分がはずんでいるごようすだ
真夏の勢いあふれる太陽の日差しでは
まぶしすぎて本を開くまでにはいかなかったけれど
おっとりした秋の光と心地いい風にふかれ
ひさしぶりに本を読んでいる
少し遠くの本屋さんから
注文した本と一緒にまた
小さな紙の包みに入った野菜の種が届いた
種まきのきっかけをくれた本屋さんの畑の野菜の種
また春がきたら種をまいてみよう
何年かぶりに読みかえした物語
愛おしい登場人物の日常
ある朝にんじんブレッドが食卓にのぼる
それはそれはぴかぴかのにんじんブレッド
食べてみたくなった
ルンルンごきげんなにんじんで
にんじんブレッドを焼いてみる
いままで焼いていたキャロットケーキとは違う
スパイスは効いていなし 具はにんじんのみ
ふと給食で食べたキャロットパンのあまぁいにんじんを思い出して
コロコロの角切りにしてみる
たっぷりのバターで表面がちりっとなるまで炒めるのがポイント
生地の仕上げにざっくりと混ぜ込み
型に流し入れて熱々のオーブンへ
ふっくらと焼き上がったそれは
とことんやさしい味がした
水切りしたヨーグルトに
メープルシロップをたらりと添えたら
ぴかぴかのおやつになった
日々自分の中のあったらいいなをおやつにしている
すんなりできあがることもあれば
何度も何度もためしては
やっとのこと
あったらいいなが あった!これこれ!になることもある
あったらいいなのその先で
どこか誰かの あった!これこれ!になっていたらうれしいなと思う
いとをかしな日々
月がきれいな季節
毎年楽しみにしている栗のパンを食べながら
今年もお月見の季節がやってきたなと思う
母はだんだん大きくなるお腹を
まんまる元気に会えますようにと
お月さまにみせていたそうだ
その甲斐あってか
4キロ超えの大きさで
まるまると無事に誕生
満月の月曜日だった
月にはご縁を感じてしまう
山形には全市町村に温泉が湧いている
お出かけついでにひとっ風呂
お風呂道具を常に持ち歩いていたこともあった
温泉には目がない
温泉愛を携えた旅の途中
ハンガリーはドナウの真珠ブタペストを訪れずにはいられなかった
ハンガリーは温泉都市として知られている
ハンガリーには古くからの温泉施設がいくつもある
まずは伝統建築の大きな温泉に
日本とは違って水着着用の約束ごとがあった
なんだか温水プールに入っている気分だったが
郷に入っては郷に従え ハンガリー式温泉を満喫した
屋外には波の出る浴場まであった
芋洗い状態の賑わいに混じり
あったかい波に乗り 思いのほか楽しんだ
美しい見事なタイル張りのお湯では
隣のおじさんにならい ぷっかり浮かんで
ゆったりと高い天井を仰ぎ見た
ああ極楽極楽
まだ辺りは薄あかるかったので
お風呂上りにぶらぶら出かけた
すこし甘いお酒とおつまみを携えて
ドナウ川沿いをゆっくり歩いた
暗くなるにつれて
王宮や橋が灯りで照らされ
揺れる水面もキラキラしていた
心地いい風にふかれながら
このうえない夜景にうっとりした
ほろ酔いいい気分で夜空に目をやると
そこにはまんまるお月さまが浮かんでいた
今宵は満月か
満ちに満ちていた
いとをかしな日々
山形では 花も虫も生垣も草も食べる
秋になれば菊の花をがくからはずし 山ほどの花びらをちらし
稲刈りが終わった田んぼで稲子を追いかけ
夏が近づけば生垣のうこぎの新芽をトゲに気をつけながら摘み取り
夏になればあちこちに生えているひょうをゆがいたり干したり
どれも季節を感じる郷土の味
暑い日差しの中
こんなところによく生えてるな というところで ひょうをみつけた
よく見ると ちいさなちいさな黄色い花が咲いている
ひょうはスベリヒユとも雑草ともよばれている
摘みたてをさっとゆでると すこし酸味のあるツルっとしたお浸しになる
からし醤油でいただく
天日干しにして保存したものを 水戻し煮付け
お正月料理の縁起物としても食される
ひょっとしていいことがある なんともひかえめな縁起物
そういえば
イタリアのナポリよりもすこし南の小さな町で
誰も気にもとめないその縁起物に救われた
はじめての欧州でアクシデントに見舞われ
途方に暮れ涙したあとだった
ひょっとしていいことがあるかもしれない
砂糖をたっぷりいれた濃いエスプレッソをクピっと飲んだ
その道端で ひっそり生えているのをみつけた
残暑の日差しの中
足元に目をやると
ひょっとしてがそこら中に生えていて
地面を覆うようにグングンのびている
もはやひょっとしてどころではない
いとをかしな日々
スーイスイと泳ぐようにでも
もがくようにでも
どちらにしろ こうも湿りけがあると
いよいよ手足に水かきができそうだ
泣きそうで泣けない空
はたまた
霧のような雨が降っていたかと思えば
心おだやかではいられないほどのどしゃぶりになったりする
梅雨あけはいつになるのだろう
暑いパリの夜
バケツをひっくりかえしたような雨
キンキンに冷えたベトナム料理屋にいた
パリは目的地ではなく経由地だった
アパルトマンの一室を旅人にシェアしてくれるゲストハウスにお世話になった
6人部屋はほぼうまっていた
人生で2回目の二段ベッド
みんなが日本人のルームシェアははじめてだった
ゲストハウスにはホテルだと思えば厳しい
暮らしだと思えば至極真っ当なルールがいくつかあった
そのおかげで旅中でいちばんの清潔さと快適さがそこにはあった
ルールを満たせない場合は容赦なく罰金が生じることもあり
出会ったばかりなのにもかかわらず
自然と仲間意識が生まれ
当たり障りのない自己紹介から
街でみつけたおいしいもの
一歩踏み込んだ身の上ばなし
海外での仕事のはなしや恋のはなしに花が咲いた
買い物三昧 仕事 愛しい人に会いになどそれぞれの想いでパリに来ていた
迷子になりながらやっとたどりついた蚤の市から部屋に戻るとメンバーがかわっていた
はじめましてとさよならを繰り返し 最後は貸し切り状態
広いアパルトマンでひとりぐらしを満喫することとなった
ある夜予定が合った同じ部屋のひとりと出かけた
2人ならとフランス料理を食べにいく予定が
どこでどうなったのか忘れてしまったが
ベトナム料理屋でフォーをすすっていた
ベトナム語もフランス語もままならない2人だったけれど
通じるはずのない日本語で支障なくすべてがとんとんとすすんでしまうことが
なぜだかおかしく笑いがとまらなかった
スープが沁みわたり おいしいねと小さなテーブルをはさみ
気を張った旅で ほっとほどけたひとときだった
気づかないふりをしていた急に降りだしたどしゃぶりの雨に
困り果て顔見合わせ笑うしかなかった
なんだか気持ちがせわしない気持ちのいい夜だった
パリでのほんの束の間ひとりぐらし最後の晩餐は
もう一軒の評判のフォーのお店でと決め込んだ
傘のいらない帰り道 足取りは軽やかだった
次の朝早く 目的地へと向かうため部屋をあとにした
朝ぼらけの中 セーヌ川が静かに流れていた
いとをかしな日々
本日のやつどき
凍らせた果物をフードプロセッサーにかけるだけの ひんやりおやつ
バナナと 無農薬木いちごと 無農薬レモンをまるごとミンチにしたものをすこし
ぐるぐるぐるっと砕き混ぜるだけ
あっという間にできあがる 暑い季節のおたのしみ
ひんやりおやつをたのしみながら
最高のバナナジェラートを思い出す
ちょうどいまごろの季節にフィレンツェにいた
太陽が大きくなって近づいてきたのではないだろうか
と思わせる眩しくジリジリした日差しの中
ドゥオモを目にしながら 石畳の道を歩いた
旅の途中いろいろあって
予定にはなかったがフィレンツェに滞在することになった
イタリアといえばジェラート
と迷いなくまっしぐらに
気がつけばジェラートづくりの門を叩いていた
旅先で見つけて申し込んだのは
午前中はイタリア語学校に通い
午後はジェラートづくりを教わる というものだった
その間キッチン・バス・トイレ共同のシェアアパートですごした
ジェラートの師匠は陽気な伊達男そのものだった
生徒は他におらず
1対1の贅沢な濃く深い美味しい学びの時間がはじまった
ジェラートづくりのはじまりはとても数学的だった
数種類の糖
味の決め手となる食材
水分量 食物繊維など
電卓片手に計算計算計算
この計算で編み出されるレシピが
至福の味わいと口に入れたときの絶妙な食感を決める
愛用していた地図に
師匠おすすめのジェラテリアの場所に印を付けてもらい
それをたよりに町をめぐった
手づくりジェラートのジェラテリアにはARTIGIANALEと書かれていると教わったので
地図に印がついていないところでよさそうな店を見つけては
その証を探して しめしめと 汗しながら舌鼓を打った
ショーケースの前でたくさんのフレーバーを前に決めかねていると
たいてい小さなさじにひとすくい味見をさせてくれた
空き時間にはドゥオモ近くの図書館に通い
アパートに帰ってからはイタリア語と格闘しながらおさらいをした
計算しつくされたレシピをもとにジェラートづくりにとりかかる
職人用の道具は巧妙な力加減が必要だし
工程ごとの温度に気を配りながら
繊細な作業がつづく
イタリアで愛され続けるジェラートは
熟練の職人がつくりだす至福の食べものなのだと実感した
ミルク、いちご、メロン、ピスタチオ、チョコレート、バナナ、レモン
どれもジェラテリアさながら
それぞれバケツいっぱいくらいつくっては心ゆくまで堪能した
ジェラートは出来たてが一番おいしい
中でもバナナは期待していなかったけれど
驚くほどおいしく 何度もおかわりをした
イタリア語がちんぷんかんぷんな状態で質問をしては
手を焼かせっぱなしだったにもかかわらず
陽気に熱心に教えてくれた師匠には感謝しきれない
はじまりからおしまいまでたのしくてしかたなかった
こころのなかに情熱が沸いたのは
あつすぎる太陽と師匠のおかげ
いとをかしな日々
冬に本を取り寄せしたら
小さな紙包みが添えられていた
中にはつぶつぶが入っていた
本屋さんがそだてた野菜の種だった
あったかくなったら種まきしてみようと
引き出しにしまっておいた
引き出しの奥から旅先でみつけた種も出てきた
もう何年も前の種 芽でるかな
画用紙の種まきポットに種をまいてみる
画用紙をころあいいい瓶にくるり巻きつけて
底を折り込めばポットのできあがり
土を入れて種をまき水をあげたら
ちいさなちいさな畑になった
心配をよそにほとんど発芽した
葉を撫でれば手にかおりがうつる
ちいさくても もうそのもの
種まきポットで窮屈になったら
もうすこし大きな
ちいさな畑にうつそう
いとをかしな日々
庭の梅の実りはもう少し先なので
すこし遠くから梅の実を届けてもらう
まずは青梅を
べっぴんさんをいくつか甘露煮にしようと
やさしくやさしくゆでこぼし
お砂糖加えて
あともう少しのところで火加減をまちがえたのか
あれよあれよと皮がむけていき
まるでマリモのような梅煮に仕上がった
副産物で梅ピールのさわやかなジャムができた
梅しごとはこの季節のお楽しみ
梅酒 梅シロップ 梅ジャム 梅エキス 梅干し
毎年この季節のお楽しみ
そういえば楽しみの梅しごとをしない年があった
ちょうど今ごろサルデーニャ島にいた
イタリアの2番目に大きな島 サルデーニャ
アグリツーリズモを営んでいる
仕事熱心で恥ずかしがり屋でおちゃめな人が出迎えてくれた
ある日夕食は外でと車で出発した
夕焼けの広大な地をどこまでも進んでいった
おなかも空いてきたし いったいどこへ向かっているのだろう
すこし不安になってきたころ
住宅街が見えてきて あるお宅に案内された
そこには大きな焼き窯があった
20人ほどが窯のまわりで談笑していた
しばらくして歓声とともに焼きあがった料理がテーブルに運ばれてきた
拍手とともに豚の姿焼があらわれた
どうやら今日は豚のお祭りのようだ
外はもう暮れていた
町の広場にはステージがありテーブルやイスが準備され
郷土菓子の屋台も並んでいた
豚をあますことなく頂く いくつかの豚料理が振舞われた
ワインとともにありがたく豚を頂いていると
ステージでライブがはじまった
コンドルは飛んでいくのような民謡
民族楽器の音とともに気持ちのよいのびやかな歌声
すると数人がステージのそばで腕を組み 民謡のリズムに合わせてステップを踏み始めた
陽気なひとたちだなとワイン片手に眺めていると
どこから集まってきたのか踊る人が増えみるみる大きな輪になった
お祭り魂に火がついてムズムズしていると
豚祭りの主催の紳士が踊り方を教えてくれた
この地域ではこどものころに学校で習うからみんな踊れるそうだ
恥ずかしがり屋の宿主の彼は
もちろん踊れるよ でもオレはいいよと輪に加わろうとしなかった
さあ一緒に踊ろう
年配のご夫婦がようこそと間に入れてくれた
ステップがなかなか覚えられずおぼつかない足取りなのは酔いが回ったせいにしておこう
腕を組み合い音に合わせてこまやかなステップを踏みながら
右に左に前に後ろに 中央に集まっては 輪は大きく広がって
楽しくて楽しくて ことばがなくても笑いあえた ずっと踊っていられた
音楽が止み各々が家路につくとき
踊ったみんなとハグをしさよならした
隣のご婦人が両手で頬を包んでくれた またいらっしゃいと
アグリツーリズモを発つ朝
大きなリュックから和柄の折り紙を取り出し
折り鶴を拵えると
恥ずかしがり屋さんはたいそう喜んでくれた
もう一回もう一回と
しっぽを振る子犬のような目でなんども折り紙をせがんだ
サルデーニャ島を離れて数日たったある日
今晩お祭りがあるんだけど踊りに行かないかい?
踊らない人から踊りのお誘いメッセージがきた
おちゃめがすぎる
追熟している梅の香りに包まれながら
ふとそんなことを思い出した
いとをかしな日々
天然酵母でおやつをと
ふと思い立ち
有機レーズンとお水をビンに入れて置いておく
朝夕、シャカシャカ振って
数日するとシュワシュワしてくる
発酵の力ってすばらしい
酵母は微生物
小さな小さないきもの
小さくて見えないけれど
植物、樹液、野菜や果物の表面、海、土、そして空気中にも
あらゆるところでいきている
プク プク
シュワシュワ
ぼくらはみんないきている
いとをかしな日々
本日のやつどき
葛練り珈琲 豆乳クリームがけ
近ごろの楽しみは葛練り
本葛粉でつくるおやつ
葛は秋の七草のひとつ
春の七草はそらでいえるが
秋の七草はどうも馴染みがない
ハスキーなおふくろ
秋の七草の頭文字を並べた覚え方もあるそうだ
本葛粉との出会いはある料理教室でのこと
旬の食材をふんだんにからだに優しい料理を生み出す
彼から滲み出ている人柄
流れるような所作
選び抜かれた道具に食材
そのどれもが心地よく
まるで舞台を観ているようだった
それまで安く速くたくさんできる料理がよしとしていたので
ゆっくり丁寧に食材と向き合う
芸術のような祈りのような料理の仕方もあるのだと
かるく眩暈するほど感動し胸が高鳴った
その美しく美味しい時間の中で本葛粉が登場した
どろっとぼんやりした味の具合が悪くなったときに飲むもの
葛に対しての印象はたいしたものではなかったし
とろみ付けにはじゃがいも澱粉の片栗粉を使うのが常だったので
からだを冷やさない本葛粉の使い方は目から鱗だった
そういえば、その帰り道、高揚感に包まれふわふわした足取りで高級食材のお店に寄り
小さな箱に入った本葛粉を買ったんだった
その頃、休日返上で仕事に励み真面目過ぎるくらいにお勤めしていたものだから
大事に持ち帰った小さな箱を開けた記憶はない
それからずぶん時は過ぎ
ある日のこと
頂きもののお菓子の虜になった
もちっとぷるっと なんだこれは
どうやったらこんな食感になるんだろう
材料に本葛粉が使われていた
それから葛練りの自由研究ははじまった
材料の配合、火の入れ具合、練り具合、冷やし方
理想のもちっとぷるっとにたどり着くにはまだまだ道半ばだけれど
空想の中の喫茶ミノムシのメニューに葛練りが加わる日もそう遠くなさそうだ
自由研究に失敗はつきもの
でも大丈夫
思う通りにできなかった葛練りは
冷凍庫に入れ凍らせて
暑い日の冷たいおやつとして楽しめる
いとをかしな日々
米麹と塩と水
シンプルな材料なだけに選ぶもので出来上がりががらりと変わる
白米の麹にしてみたり、ある時は乾燥麹に、ある時は湖塩を、はたまた配合を変えてみたりもした
さんざん寄り道をしてたどりついた
無農薬無肥料の自然栽培の玄米生麹と天日干し天然海塩の組み合わせ
よく見かける塩麹のレシピよりも塩分濃度は低めなので
保存食としてはおすすめしかねるが
香りうまみ塩味奥行きのある塩麹 自分好みの塩麹
塩麹ブームのときには飛びつけずにいたけれど
いまではなくてはならない調味料のひとつになった
塩麹は三五八漬けからきているらしいと近ごろ知った
三五八漬けは東北地方に伝わるお漬物
塩:麹:米=3:5:8の割合でつくる覚えやすい漬け床
食堂で働いていたころ
そのすばらしさを知り
せっせと三五八漬けをこしらえた
漬け床を準備して野菜を漬けておくだけで
翌日にはほどよい塩味に漬かり
うまみが増しておいしくなるなんて
まるで魔法だと
直売所でめずらしい野菜を見つけては
面白がってなんでも漬け込んだ
旅にでるときには
まだ出会ってもいない人へのお土産にと
出会う予定もないのに三五八漬けの素を大きなリュックの隙間に詰め込んだ
どこにでもその土地でとれる野菜があるはずだからと
あてもない三五八漬けは
イタリアでホームステイさせてもらったホストのご夫婦に
オーストリアでお世話になった日本語堪能なかわいい人に
無事お土産として渡すことができた
さて つぎは醤油麹を醸してみようか
いとをかしな日々