いとをかしな日々14

 

社会に出てはじめてのお給料を手に本を買った

おいしそうなお菓子のレシピ本2冊

なぜその本を選んだのかは思い出せない

 

をかしなおやつ支度を生業にするとは

想像もしえなかったころのこと

 

まさかこの本が旅のはじまりになるなんて

思いもよらなかった

 

はじめての慣れないひとり暮らしの

せまい台所で本のレシピをたよりに

何度も何度もお菓子を焼いた

 

道具もままならない中

よくやっていたなと思う

レシピに忠実に慎重に

出来上がったときは感動もひとしおだった

 

イタリア各地で修行を重ねたシェフお気に入りの

イタリア菓子のレシピ集

 

それらは見た目は地味だけれど

食べてみると目を見張るほどおいしい

家庭の中で生まれ育まれた

マンマたちの愛あふれるお菓子たち

 

世界でいちばんおいしいと

シェフのお墨付きだった

 

太陽のようなマンマたちに会ってみたい

イタリアの暮らしがレシピのすみっこに紹介されているのを眺めては

いつか行ってみたいと思うようになった

 

心の奥にずっとあった憧れは

月日がずいぶん流れたある日

ふっと むくむくと沸き上った

 

何度もイタリアへ行ったというレモン農家の陽気なおじさんにその話をすると

背中を押されるどころかもののみごとに反対された

その歳で仕事を辞めてまで旅に出るなんてと

考えなしだったかなと落ち込んでいると

数時間後に

イタリア語を教えていて

近々渡伊する予定の人と偶然出会ってしまった

それからあれよあれよと旅立ちが決まっていった

 

 

いままででいちばん拵えたお菓子は

旅のはじまりの本にあった

TORTA DI CIOCCOLATO

さっくりではなくしっかり混ぜの

ねっちとしたどっしり生地がシェフのおすすめ

 

数えきれないほど拵えたものとは違う

今の山°がつくるチョコレートのケーキが「旅の果て」

 

はじまりのチョコレートケーキも

おしまいのチョコレートケーキも

どっちももちろんお気に入り

 

 

そういえば幼稚園のころの夢は

ケーキやさんだったなとうっすら思い出して笑った

 

 

いとをかしな日々

 

 

2023 初空月

 

 

 


いとをかしな日々13

それにしても寒い 寒すぎる

大寒はとうに過ぎたというのに

立春も迎えたはずなのに

 

2月の満月は雪月と呼ばれている

アメリカではスノームーンと呼ぶらしい

ちょうど満月の夜明け

窓を開けると 辺り一面雪に覆われていた

どうりで寒いわけだ

 

ニューヨークも雪かな

お湯を沸かしながら

海の向こうを思った

 

旅に出るといつもすることがある

訪れたその場所で暮らすことができるかを想像する

するするっと日々が浮かぶ町もあれば

ニューヨークのように

日常をひとつも想像することができない街もある

混沌とした力がみなぎっていて

自分には刺激が強すぎるのかもしれない

 

それでも

なんだか知らないけれど

街から発せられる何かを

足元からビリビリと感じながら

少し速めの足取りで進む

ニューヨークにワクワクしていた

 

ジャンクフードのイメージが強かった

食いしん坊の予想に反して

野菜がおいしかったし

オーガニックのものを容易にみつけることができた

 

それにしても寒い 寒かった

 

どうしても会ってみたかった

大きな自由な彼女に会いに行った帰りに

寒さに凍えながらふらり寄ったちいさな市場で

ホットアップルサイダーに出逢った

 

シュワシュワしたりんご味のサイダーが温かい?

怪訝に思いながらも

とにかく温かいものなら何でもいいからと

藁にも縋る勢いで

テントの中のニット帽をかぶった笑顔のお姉さんに

ホットアップルサイダーを1杯注文した

なんじゃこりゃ

こわばったからだが

ほわっとほどけていった

トロッとしたほんのりスパイスの効いたりんごジュースだった

 

 

こんな寒い日は

りんごとお気に入りのスパイスで

ホットアップルサイダーを

コトコト静かに煮込む

 

寒いのもいいかもしれないな

とほんの少しだけれど思えてくる

 

いとをかしな日々

 

 

 


いとをかしな日々12

車を30分ほど走らせたところに

りんごのまちがあります

りんごのまちには

りんごがぷかぷか浮かぶ温泉があって

すぐそばの道の駅には

この時期いろんな種類のりんごが並びます

 

りんごのおやつでは

父が生まれ育ったまちにあるお菓子屋さんの

アップルパイがお気に入り

それとおんなじくらいタルト・タタンが大好物

アップルパイはこどものころから知っていたけれど

タルト・タタンは大人になるまで知らなかった

 

タタン姉妹のタルト・タタンが食べたい

そう思い立ち、パリで電車の切符を買った

ラモット・ブーヴロンにあるタタンという名のホテルをめざして

 

ラモット・ブーヴロンは静かなまちで

駅を出ると目の前にオテル・タタンがあった

レストランを併設しているオテル・タタンでは

タタン姉妹がつくっていたレシピに忠実なタルト・タタンを味わうことができる

 

この小さなまちでは毎年秋にタルト・タタンのお祭りがあり

タルト・タタンを売っているお店がいくつもあった

行けるだけのお店をまわりタルト・タタンを堪能した

りんごの切り方、出来上がりの形、もちろん味も違っていて

それぞれのおいしさがあった

 

フランス語で「これください」を練習して

お菓子屋さんのショーケースを指さし伝えると

大きなタルト・タタン1台まるごと箱に入れてくれた

噴水のある湖畔のベンチに腰掛けほおばる

食いしん坊ではあるがさすがに食べきれず

地元の方とおぼしき白髪の紳士淑女が

少し離れたベンチで休んでいるのが見えたので

身振り手振りでおすそ分けした

すると 見ず知らずの旅人が差し出す箱入りタルト・タタンを

いいの?ありがとうと笑顔で受け取ってくれた 

Bon Appétit

 

ホテルにはタタン姉妹が使っていたオーブンが残っていた

タタン姉妹の失敗から生まれたといわれるタルト・タタン

 

タタン姉妹のレシピにはこう書かれてある

タルト・タタンはバターと上等なりんごの価値を証明する贅沢なデザートである

りんごとバターと砂糖と生地だけでつくって

タルト・タタンの本来の味をこれからも大事にしてほしい 

 

失敗してくれてありがとう タタン姉妹

 

失敗は大成功のもと

 

いとをかしな日々

 


いとをかしな日々11

秋の真ん中

 

暦では寒露を迎え

朝夕に冬の気配が漂う季節がやってきて

だんだん夜が長くなっていく

 

暑っ! でも 寒っ! でもない

心地のよい風をもうすこし感じていたい

 

手間のかかる下拵えが待っていても

秋の実りを目にすると

ついつい手を伸ばしてしまう

 

いろいろ試している栗の皮むき

そのまま根気よくむいたり

凍らせてみたり

熱湯をかけてみたり

圧力かけてみたり

秋のたのしみはつづく

 

庭の甘柿の木では

鳥たちが朝の集いをしている

一方 渋柿の木はとても静か 

おなじように色づいているのによく違いがわかるものだ

 

秋風を感じながら自転車をこぎだす

太陽の光を通す銀色の雲

収穫を待つ金色の田畑

りんごが真っ赤に熟してきて

黄色や橙色の名も知らぬ花が咲いている

たくさんの秋色を目に

誰ともすれ違わない道すがら

うたを口ずさみペダルを踏んだ

 

ケセラセラ

なるようになるさ

 

帰ったら栗入り秋色のおやつを焼こう

 

いとをかしな日々

 


いとをかしな日々10

春に種をまいたにんじんを掘ってみたら

まるでスキップしているような

ルンルンなにんじんが現れた

そろいもそろって気分がはずんでいるごようすだ

 

 

真夏の勢いあふれる太陽の日差しでは

まぶしすぎて本を開くまでにはいかなかったけれど

おっとりした秋の光と心地いい風にふかれ

ひさしぶりに本を読んでいる

 

少し遠くの本屋さんから

注文した本と一緒にまた

小さな紙の包みに入った野菜の種が届いた

種まきのきっかけをくれた本屋さんの畑の野菜の種

また春がきたら種をまいてみよう

 

 

何年かぶりに読みかえした物語

愛おしい登場人物の日常

ある朝にんじんブレッドが食卓にのぼる

それはそれはぴかぴかのにんじんブレッド

 

食べてみたくなった

 

ルンルンごきげんなにんじんで

にんじんブレッドを焼いてみる

いままで焼いていたキャロットケーキとは違う

スパイスは効いていなし 具はにんじんのみ

ふと給食で食べたキャロットパンのあまぁいにんじんを思い出して

コロコロの角切りにしてみる

たっぷりのバターで表面がちりっとなるまで炒めるのがポイント

生地の仕上げにざっくりと混ぜ込み

型に流し入れて熱々のオーブンへ

 

ふっくらと焼き上がったそれは

とことんやさしい味がした

水切りしたヨーグルトに

メープルシロップをたらりと添えたら

ぴかぴかのおやつになった

 

 

日々自分の中のあったらいいなをおやつにしている

すんなりできあがることもあれば

何度も何度もためしては

やっとのこと

あったらいいなが あった!これこれ!になることもある

あったらいいなのその先で

どこか誰かの あった!これこれ!になっていたらうれしいなと思う

 

 

いとをかしな日々

 


いとをかしな日々9

月がきれいな季節

毎年楽しみにしている栗のパンを食べながら

今年もお月見の季節がやってきたなと思う

 

母はだんだん大きくなるお腹を

まんまる元気に会えますようにと

お月さまにみせていたそうだ

その甲斐あってか

4キロ超えの大きさで

まるまると無事に誕生

満月の月曜日だった

月にはご縁を感じてしまう

 

 

山形には全市町村に温泉が湧いている

お出かけついでにひとっ風呂

お風呂道具を常に持ち歩いていたこともあった

温泉には目がない

 

温泉愛を携えた旅の途中

ハンガリーはドナウの真珠ブタペストを訪れずにはいられなかった

ハンガリーは温泉都市として知られている

 

ハンガリーには古くからの温泉施設がいくつもある

まずは伝統建築の大きな温泉に

日本とは違って水着着用の約束ごとがあった

なんだか温水プールに入っている気分だったが

郷に入っては郷に従え ハンガリー式温泉を満喫した

屋外には波の出る浴場まであった

芋洗い状態の賑わいに混じり 

あったかい波に乗り 思いのほか楽しんだ

美しい見事なタイル張りのお湯では

隣のおじさんにならい ぷっかり浮かんで

ゆったりと高い天井を仰ぎ見た

ああ極楽極楽

 

まだ辺りは薄あかるかったので

お風呂上りにぶらぶら出かけた

すこし甘いお酒とおつまみを携えて

ドナウ川沿いをゆっくり歩いた

暗くなるにつれて

王宮や橋が灯りで照らされ

揺れる水面もキラキラしていた

心地いい風にふかれながら

このうえない夜景にうっとりした

 

ほろ酔いいい気分で夜空に目をやると

そこにはまんまるお月さまが浮かんでいた

今宵は満月か

 

満ちに満ちていた

 

 

いとをかしな日々

 


いとをかしな日々8

山形では 花も虫も生垣も草も食べる

秋になれば菊の花をがくからはずし 山ほどの花びらをちらし

稲刈りが終わった田んぼで稲子を追いかけ

夏が近づけば生垣のうこぎの新芽をトゲに気をつけながら摘み取り

夏になればあちこちに生えているひょうをゆがいたり干したり

どれも季節を感じる郷土の味

 

暑い日差しの中

こんなところによく生えてるな というところで ひょうをみつけた

よく見ると ちいさなちいさな黄色い花が咲いている

ひょうはスベリヒユとも雑草ともよばれている

摘みたてをさっとゆでると すこし酸味のあるツルっとしたお浸しになる

からし醤油でいただく

天日干しにして保存したものを 水戻し煮付け

お正月料理の縁起物としても食される

ひょっとしていいことがある なんともひかえめな縁起物

 

そういえば

イタリアのナポリよりもすこし南の小さな町で

誰も気にもとめないその縁起物に救われた

はじめての欧州でアクシデントに見舞われ

途方に暮れ涙したあとだった

ひょっとしていいことがあるかもしれない

砂糖をたっぷりいれた濃いエスプレッソをクピっと飲んだ

その道端で ひっそり生えているのをみつけた

 

 

 

残暑の日差しの中

足元に目をやると

ひょっとしてがそこら中に生えていて

地面を覆うようにグングンのびている

もはやひょっとしてどころではない

 

いとをかしな日々 

 

 


いとをかしな日々7

スーイスイと泳ぐようにでも

もがくようにでも

どちらにしろ こうも湿りけがあると

いよいよ手足に水かきができそうだ

 

泣きそうで泣けない空

はたまた

霧のような雨が降っていたかと思えば

心おだやかではいられないほどのどしゃぶりになったりする

梅雨あけはいつになるのだろう

 

暑いパリの夜

バケツをひっくりかえしたような雨

キンキンに冷えたベトナム料理屋にいた

 

パリは目的地ではなく経由地だった

アパルトマンの一室を旅人にシェアしてくれるゲストハウスにお世話になった

6人部屋はほぼうまっていた

人生で2回目の二段ベッド

みんなが日本人のルームシェアははじめてだった

ゲストハウスにはホテルだと思えば厳しい

暮らしだと思えば至極真っ当なルールがいくつかあった

そのおかげで旅中でいちばんの清潔さと快適さがそこにはあった

ルールを満たせない場合は容赦なく罰金が生じることもあり

出会ったばかりなのにもかかわらず

自然と仲間意識が生まれ

当たり障りのない自己紹介から

街でみつけたおいしいもの

一歩踏み込んだ身の上ばなし

海外での仕事のはなしや恋のはなしに花が咲いた

買い物三昧 仕事 愛しい人に会いになどそれぞれの想いでパリに来ていた

 

迷子になりながらやっとたどりついた蚤の市から部屋に戻るとメンバーがかわっていた

はじめましてとさよならを繰り返し 最後は貸し切り状態

広いアパルトマンでひとりぐらしを満喫することとなった

 

ある夜予定が合った同じ部屋のひとりと出かけた

2人ならとフランス料理を食べにいく予定が

どこでどうなったのか忘れてしまったが

ベトナム料理屋でフォーをすすっていた

ベトナム語もフランス語もままならない2人だったけれど

通じるはずのない日本語で支障なくすべてがとんとんとすすんでしまうことが

なぜだかおかしく笑いがとまらなかった

スープが沁みわたり おいしいねと小さなテーブルをはさみ

気を張った旅で ほっとほどけたひとときだった

気づかないふりをしていた急に降りだしたどしゃぶりの雨に

困り果て顔見合わせ笑うしかなかった

なんだか気持ちがせわしない気持ちのいい夜だった

 

パリでのほんの束の間ひとりぐらし最後の晩餐は

もう一軒の評判のフォーのお店でと決め込んだ

傘のいらない帰り道 足取りは軽やかだった

次の朝早く 目的地へと向かうため部屋をあとにした

朝ぼらけの中 セーヌ川が静かに流れていた

 

いとをかしな日々

 

 


いとをかしな日々6

本日のやつどき

凍らせた果物をフードプロセッサーにかけるだけの ひんやりおやつ

 

バナナと 無農薬木いちごと 無農薬レモンをまるごとミンチにしたものをすこし

ぐるぐるぐるっと砕き混ぜるだけ

あっという間にできあがる 暑い季節のおたのしみ

 

ひんやりおやつをたのしみながら

最高のバナナジェラートを思い出す

 

ちょうどいまごろの季節にフィレンツェにいた

太陽が大きくなって近づいてきたのではないだろうか

と思わせる眩しくジリジリした日差しの中

ドゥオモを目にしながら 石畳の道を歩いた

旅の途中いろいろあって

予定にはなかったがフィレンツェに滞在することになった

イタリアといえばジェラート 

と迷いなくまっしぐらに

気がつけばジェラートづくりの門を叩いていた

旅先で見つけて申し込んだのは

午前中はイタリア語学校に通い

午後はジェラートづくりを教わる というものだった

その間キッチン・バス・トイレ共同のシェアアパートですごした

 

ジェラートの師匠は陽気な伊達男そのものだった

生徒は他におらず

1対1の贅沢な濃く深い美味しい学びの時間がはじまった

ジェラートづくりのはじまりはとても数学的だった

数種類の糖

味の決め手となる食材

水分量 食物繊維など

電卓片手に計算計算計算

この計算で編み出されるレシピが

至福の味わいと口に入れたときの絶妙な食感を決める

 

愛用していた地図に

師匠おすすめのジェラテリアの場所に印を付けてもらい

それをたよりに町をめぐった

手づくりジェラートのジェラテリアにはARTIGIANALEと書かれていると教わったので

地図に印がついていないところでよさそうな店を見つけては 

その証を探して しめしめと 汗しながら舌鼓を打った

ショーケースの前でたくさんのフレーバーを前に決めかねていると

たいてい小さなさじにひとすくい味見をさせてくれた

 

空き時間にはドゥオモ近くの図書館に通い

アパートに帰ってからはイタリア語と格闘しながらおさらいをした

 

計算しつくされたレシピをもとにジェラートづくりにとりかかる

職人用の道具は巧妙な力加減が必要だし

工程ごとの温度に気を配りながら

繊細な作業がつづく

イタリアで愛され続けるジェラートは

熟練の職人がつくりだす至福の食べものなのだと実感した

 

ミルク、いちご、メロン、ピスタチオ、チョコレート、バナナ、レモン

どれもジェラテリアさながら

それぞれバケツいっぱいくらいつくっては心ゆくまで堪能した

ジェラートは出来たてが一番おいしい

中でもバナナは期待していなかったけれど

驚くほどおいしく 何度もおかわりをした

 

イタリア語がちんぷんかんぷんな状態で質問をしては

手を焼かせっぱなしだったにもかかわらず

陽気に熱心に教えてくれた師匠には感謝しきれない

はじまりからおしまいまでたのしくてしかたなかった

こころのなかに情熱が沸いたのは

あつすぎる太陽と師匠のおかげ

 

 

いとをかしな日々

 

 

 


いとをかしな日々5

冬に本を取り寄せしたら

小さな紙包みが添えられていた

中にはつぶつぶが入っていた

本屋さんがそだてた野菜の種だった

あったかくなったら種まきしてみようと

引き出しにしまっておいた

引き出しの奥から旅先でみつけた種も出てきた

もう何年も前の種 芽でるかな

 

画用紙の種まきポットに種をまいてみる

画用紙をころあいいい瓶にくるり巻きつけて

底を折り込めばポットのできあがり

土を入れて種をまき水をあげたら

ちいさなちいさな畑になった

 

心配をよそにほとんど発芽した

葉を撫でれば手にかおりがうつる

ちいさくても もうそのもの

 

種まきポットで窮屈になったら

もうすこし大きな

ちいさな畑にうつそう

 

いとをかしな日々

 

 


いとをかしな日々4

庭の梅の実りはもう少し先なので

すこし遠くから梅の実を届けてもらう

まずは青梅を

べっぴんさんをいくつか甘露煮にしようと

やさしくやさしくゆでこぼし

お砂糖加えて 

あともう少しのところで火加減をまちがえたのか

あれよあれよと皮がむけていき

まるでマリモのような梅煮に仕上がった

副産物で梅ピールのさわやかなジャムができた

 

梅しごとはこの季節のお楽しみ

梅酒 梅シロップ 梅ジャム 梅エキス 梅干し

毎年この季節のお楽しみ

 

そういえば楽しみの梅しごとをしない年があった

ちょうど今ごろサルデーニャ島にいた

イタリアの2番目に大きな島 サルデーニャ

 

アグリツーリズモを営んでいる

仕事熱心で恥ずかしがり屋でおちゃめな人が出迎えてくれた

ある日夕食は外でと車で出発した

夕焼けの広大な地をどこまでも進んでいった

おなかも空いてきたし いったいどこへ向かっているのだろう

すこし不安になってきたころ

住宅街が見えてきて あるお宅に案内された

そこには大きな焼き窯があった

20人ほどが窯のまわりで談笑していた

しばらくして歓声とともに焼きあがった料理がテーブルに運ばれてきた

拍手とともに豚の姿焼があらわれた

どうやら今日は豚のお祭りのようだ

外はもう暮れていた

町の広場にはステージがありテーブルやイスが準備され

郷土菓子の屋台も並んでいた

豚をあますことなく頂く いくつかの豚料理が振舞われた

ワインとともにありがたく豚を頂いていると

ステージでライブがはじまった

コンドルは飛んでいくのような民謡

民族楽器の音とともに気持ちのよいのびやかな歌声

すると数人がステージのそばで腕を組み 民謡のリズムに合わせてステップを踏み始めた

陽気なひとたちだなとワイン片手に眺めていると

どこから集まってきたのか踊る人が増えみるみる大きな輪になった

お祭り魂に火がついてムズムズしていると

豚祭りの主催の紳士が踊り方を教えてくれた

この地域ではこどものころに学校で習うからみんな踊れるそうだ

 

恥ずかしがり屋の宿主の彼は

もちろん踊れるよ でもオレはいいよと輪に加わろうとしなかった

 

さあ一緒に踊ろう

年配のご夫婦がようこそと間に入れてくれた

ステップがなかなか覚えられずおぼつかない足取りなのは酔いが回ったせいにしておこう

腕を組み合い音に合わせてこまやかなステップを踏みながら

右に左に前に後ろに 中央に集まっては 輪は大きく広がって

楽しくて楽しくて ことばがなくても笑いあえた ずっと踊っていられた

音楽が止み各々が家路につくとき

踊ったみんなとハグをしさよならした

隣のご婦人が両手で頬を包んでくれた またいらっしゃいと

 

アグリツーリズモを発つ朝

大きなリュックから和柄の折り紙を取り出し

折り鶴を拵えると

恥ずかしがり屋さんはたいそう喜んでくれた

もう一回もう一回と

しっぽを振る子犬のような目でなんども折り紙をせがんだ

 

サルデーニャ島を離れて数日たったある日

今晩お祭りがあるんだけど踊りに行かないかい?

踊らない人から踊りのお誘いメッセージがきた

おちゃめがすぎる

 

 

追熟している梅の香りに包まれながら

ふとそんなことを思い出した

 

いとをかしな日々

 

 


いとをかしな日々3

天然酵母でおやつをと

ふと思い立ち

有機レーズンとお水をビンに入れて置いておく

朝夕、シャカシャカ振って

数日するとシュワシュワしてくる

発酵の力ってすばらしい

酵母は微生物

小さな小さないきもの

小さくて見えないけれど

植物、樹液、野菜や果物の表面、海、土、そして空気中にも

あらゆるところでいきている

 

プク プク

シュワシュワ

 

ぼくらはみんないきている

 

いとをかしな日々

 

 


いとをかしな日々2

本日のやつどき

葛練り珈琲 豆乳クリームがけ

 

近ごろの楽しみは葛練り

本葛粉でつくるおやつ

葛は秋の七草のひとつ

春の七草はそらでいえるが

秋の七草はどうも馴染みがない

ハスキーなおふくろ

秋の七草の頭文字を並べた覚え方もあるそうだ

 

本葛粉との出会いはある料理教室でのこと

旬の食材をふんだんにからだに優しい料理を生み出す

彼から滲み出ている人柄

流れるような所作

選び抜かれた道具に食材

そのどれもが心地よく

まるで舞台を観ているようだった

それまで安く速くたくさんできる料理がよしとしていたので

ゆっくり丁寧に食材と向き合う

芸術のような祈りのような料理の仕方もあるのだと

かるく眩暈するほど感動し胸が高鳴った

その美しく美味しい時間の中で本葛粉が登場した

どろっとぼんやりした味の具合が悪くなったときに飲むもの

葛に対しての印象はたいしたものではなかったし

とろみ付けにはじゃがいも澱粉の片栗粉を使うのが常だったので

からだを冷やさない本葛粉の使い方は目から鱗だった

そういえば、その帰り道、高揚感に包まれふわふわした足取りで高級食材のお店に寄り

小さな箱に入った本葛粉を買ったんだった

その頃、休日返上で仕事に励み真面目過ぎるくらいにお勤めしていたものだから

大事に持ち帰った小さな箱を開けた記憶はない

 

それからずぶん時は過ぎ

ある日のこと

頂きもののお菓子の虜になった

もちっとぷるっと なんだこれは

どうやったらこんな食感になるんだろう

材料に本葛粉が使われていた

 

それから葛練りの自由研究ははじまった

材料の配合、火の入れ具合、練り具合、冷やし方

理想のもちっとぷるっとにたどり着くにはまだまだ道半ばだけれど

空想の中の喫茶ミノムシのメニューに葛練りが加わる日もそう遠くなさそうだ

 

自由研究に失敗はつきもの

でも大丈夫

思う通りにできなかった葛練りは

冷凍庫に入れ凍らせて

暑い日の冷たいおやつとして楽しめる

 

いとをかしな日々

 

 


いとをかしな日々1

米麹と塩と水

シンプルな材料なだけに選ぶもので出来上がりががらりと変わる

白米の麹にしてみたり、ある時は乾燥麹に、ある時は湖塩を、はたまた配合を変えてみたりもした

さんざん寄り道をしてたどりついた

無農薬無肥料の自然栽培の玄米生麹と天日干し天然海塩の組み合わせ

よく見かける塩麹のレシピよりも塩分濃度は低めなので

保存食としてはおすすめしかねるが

香りうまみ塩味奥行きのある塩麹 自分好みの塩麹

塩麹ブームのときには飛びつけずにいたけれど

いまではなくてはならない調味料のひとつになった

 

塩麹は三五八漬けからきているらしいと近ごろ知った

三五八漬けは東北地方に伝わるお漬物

塩:麹:米=3:5:8の割合でつくる覚えやすい漬け床

食堂で働いていたころ

そのすばらしさを知り

せっせと三五八漬けをこしらえた

漬け床を準備して野菜を漬けておくだけで

翌日にはほどよい塩味に漬かり

うまみが増しておいしくなるなんて

まるで魔法だと

直売所でめずらしい野菜を見つけては

面白がってなんでも漬け込んだ

 

旅にでるときには

まだ出会ってもいない人へのお土産にと

出会う予定もないのに三五八漬けの素を大きなリュックの隙間に詰め込んだ

どこにでもその土地でとれる野菜があるはずだからと

 

あてもない三五八漬けは

イタリアでホームステイさせてもらったホストのご夫婦に

オーストリアでお世話になった日本語堪能なかわいい人に

無事お土産として渡すことができた

 

さて つぎは醤油麹を醸してみようか

 

いとをかしな日々